忍者ブログ
『閃光のナイトレイド』についてのあれこれをだらっと書いていきます。 まずは一番上の記事「どうもこんにちは」をお読みください。 勲葛がだいすきです!
| Home | About | 感想 | 妄言とか | 妄言とか(絵つき) | | | 妄想1分劇場 | かずら1/2【※注意】 | 旅とMOSO | バトン | お返事☆ | コードネーム:オフライン | 通販 | 大尉!お知らせであります! | 企画 | 取説 | Other |
[172]  [171]  [170]  [169]  [168]  [166]  [165]  [164]  [162]  [163]  [161
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




ざあああああああああ…



内地の桜は、もう散ってしまっただろうか。

そんなことをぼうっと考えながら、葛は車窓から奉天の町並みが飛んでいくのを眺めていた。
いや、眺めているといっても、容赦なく窓ガラスを舐める雨が煙って、その輪郭はどうしようもなくぼやけている。
「春だというのにね。勿体無い」
軽い溜息交じりで、隣に座っていた高千穂勲が呟いた。
勲の呟きは、いつも歌うような調べを持っている。
車内には、中隊附きの運転手と、勲と葛の三人が居た。
雨の日独特の湿り気を帯びた空気が、漂う術もなく停滞している。
いつもの定位置。
車に乗るときはいつも、後部座席の右に葛、左に勲というのが暗黙の了解となっていた。
それは、あの日以来―――葛が『こちら側』に来たときから、ずっと。

舗装された道路の上に小石でも転がっているのか、たまに車体が小さく揺れる。
そのたびに窓に滴る雨だれが大人しく弾け飛んだ。
瀋陽故宮を背にして、同善堂の横を通り過ぎる。
今日は雨なので、流石に孤児や行き場をなくした老人たちの姿は見えなかった。
このまままっすぐ行けば、奉天駅前に出る。

ざあ…あ…

風に揺れる雨足が、遠くなり近くなりして聴覚に木霊した。
「今日は五龍背まで行くからね。安奉線に乗って、午後までには着くだろう」
上官の言葉に、流石に窓の外を見ているわけにもいかず、葛は「はい」と相槌をうち勲を見た。
かちり、とトランクの金具を閉める音を鳴らしながら、勲はにこりと微笑んだ。
「伊波くん、温泉は好きかい?」
「え」
勲の言葉に一瞬葛は微かに瞠目したが、次の言葉を待たぬうちに心中で合点した。
五龍背は、湯崗子・熊岳城と並ぶ満州三大温泉のひとつであった。
「日清戦役のときに、我が皇軍が発見したところさ。閑雅幽遠との評判らしいね。唐の太宗も高句麗遠征の折に訪れたという話も残っている」
ばさり、と先程トランクの中から出した地図を広げ、勲は奉天駅から目的地までの路線を指でなぞった。
見てごらん、と目で促されたので、葛は地図に顔を近づけた。

その瞬間、キキイ、とブレーキをかけた車体が、濡れた道路に止まった。
慣性で葛の身体は前にのめった。
「ゎっ…」
「おっと」
ぐしゃりと紙の歪む音が聞こえた次の瞬間、葛は勲の膝の上に手をついていた。

ざああ…

一瞬の沈黙を、雨の音だけが支配した。
「す、すみません、大尉…!」
葛が慌てて手を勲の膝から離した。
「いえいえ」
思わぬ失態に顔を赤らめ、葛は皺の寄った地図をのばしにかかる。
運転手の謝罪の言葉も、遠くに思えた。
その様子を面白そうに眺めながら、勲は運転手になにやら用事を言いつけた。

ゆるゆると車は大通りの路肩に止まり、運転手がドア越しに蝙蝠を勢いよく開いて出て行った。
雨音が車内に響き渡ったのもつかの間、バン、とドアの閉まる音がして、またも外界と二人を画った。
八時には列車が出る。
充分余裕を持って出たので、まだ早朝だった。
とはいえ、春なので日の出もだいぶ早まっている。
人影はまばらであったが、大陸のことだから、あと小一時間もすれば通りは人の往来が激しくなるだろう。

何故運転手が出て行ったのかと、口には出さずに疑問に思った葛に、勲は微笑む。
「奉天を出る前に、荷物をひとつ預からなくてはいけなくてね。取りに行ってもらった」
「はあ」
何でもお見通しのような勲の言葉に、葛は情けない返事をするしかなかった。

「ほら、見てごらん」
がさり、と地図の擦れる音がした次の瞬間、葛は息を呑んだ。
「……っ」
気付けば、葛は勲の腕の中に居た。
逃げ出そうという気だけは起こったが、勲の右腕と地図に阻まれていて、地図が破れてしまうかもしれないと思い直した。
そんな自分の思考回路に、葛は動揺した。
「もっとこっちにおいで?」
「!」
くすくすと笑いをこらえながら、勲は更に葛の身体を抱き寄せた。

ざああ…あ…

相変わらず、雨の音が四囲に木霊している。

「大丈夫だよ、この雨だ。外からは見えない…」
耳元で囁かれ、思わず葛は肩を竦める。
「た…、大尉」
「見たまえ」
葛の必死の抵抗の言葉を、あっさりと勲の言葉がさえぎった。
ばさりと勲が地図を広げなおした。
そこには、赤い×印がいくつか描かれていた。
「なにも、物見遊山にいくというわけじゃない」
葛は、勲の言葉に宿る幾許かの真剣さを感じ取り、その印を見つめた。

安東――― 朝鮮との国境の町。鴨緑江のむこうには、新義州。
撫順――― 石炭の露天掘で有名な、満州一の燃料庫。

「撫順はね、『炭の都』と言われていて、約十億トンの石炭が埋まっているんだ。これからは石油の時代だけれど、汽車はやはり石炭で走る。軍事上最も重視される兵站においては、今のところ鉄道が一番の手段だろう」
勲はしなってきた地図を広げなおして、そう呟いた。
「確かに…日露開戦においても、シベリヤ鉄道の存在が大きかった…」
地図を凝視しながら、葛は思い出したように唇を動かす。
「…きみにも、色々と見せておきたい。…今のうちに、ね」

そう言って、勲は地図をたたんだ。
きっと、五龍背では、何らかの会合があるのだろう―――
葛は、そう推測した。

「でも」
途端、勲はいつもの陽気な調子に戻った。
その落差に、思わず葛も顔を上げる。
「折角だから、温泉も楽しむべきだよね?なんならゴルフも…」
さっきまでの張り詰めた空気は一瞬で霧散し、葛は眉間に軽く皺をよせて大尉、と窘めるように言った。
いい加減、この状態から解放して欲しい。
いつ運転手が戻ってくるかもわからないのだ。

ふ、と勲は笑むと葛の白い顎に指をかけた。

ゴロゴロゴロゴロ…

遥か天上で、唸るような音がしたと思うと、閃光があたりをつつんだ。

ド…ン

空が重く鳴る音が、遅れて小さく響く。

ざあああああああ…

雨が森羅万象をたたく音のほうが、大きく聞こえている。

「大尉、雷…」
少しもこの状況に動じない勲に、葛は呼びかける。
勿論葛とて、雷が恐いわけではない。
この状態に、耐えられなかっただけだ。

「ぼくはね、右利きなんだ」
「は?」
上官に対して随分と失礼な物言いだが、突拍子もない勲の言葉に、葛はそんなことに気付きもしない。
「だからいつも、こちら側に座る」
ますます意味がわからない、というふうに、葛は狭い車内で気持ち後ずさった。
それを追うように、勲の右腕が葛の腰に降りてきた。
「隙あらば、きみと…こうしたいから」
勲の唇が、葛の耳元で密やかな音を紡いだ。
「大尉…っ、た…」
ついに葛の身体は逃げ場を失い、シートと窓の間にずるずると滑り落ちた。
ゴン、と後頭部が窓ガラスに当たりくぐもった音を立てる。

勲の唇が葛の柔らかいそれを捕らえたとき、再び雷鳴が遠くで響いた。
衣擦れの微かな音や漏れる吐息は、雨音の間に間に消えていった。









念願の勲葛が書けたハアハア! 急に思いついてガッと! 車の中ではちゅうまでだよ(ちょ)!

拍手[9回]

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Powered by Ninja Blog Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]