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『閃光のナイトレイド』についてのあれこれをだらっと書いていきます。 まずは一番上の記事「どうもこんにちは」をお読みください。 勲葛がだいすきです!
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※当作につきましては、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。









 



暦の上での夏は行き過ぎた。
ただ、それはあくまで季節を管理するための数字に過ぎず、残暑どころかいまだ夏真っ只中であるかのような塩梅だ。
亜熱帯気候の上海は、相変わらず黄浦江から蒸発した水分が大気に満ち満ちて、蒸し暑いことこの上ない。
建物じゅうの窓を開け放しても、凪が続く昨今はまったくと言っていいほど意味がなかった。
江戸の人々は夏になるとほとんど働かなかったが、今はそんな暢気なご時勢ではない。
たかだか数十年前までの徳川三百年も夢のあと、今や帝国主義・覇権主義が世界を席巻し、回り回ってその呷りを受けたふたりの男たちが、ここ上海に居た。

「あ、お…い…っ」
戸外で命を燃やすように啼き喚く蝉の声を、意識の端で聞きながら、葛は快楽とも苦痛ともつかぬ溜息を漏らした。
暗室の中は例の赤い光のみ。
一歩外に出れば、灼熱の光線が地面を灼いているというのに。
プラタナス並木の緑が、通りに濃い影を落としモザイク模様を描いているというのに。
滔々と湧き出る二酸化炭素を含み、暗室内の空気は湿り気を帯び澱んでゆく。
日常にするりと現れた非日常。
否、それはやはり彼らには――一抹の後ろ暗さを持つ彼らにとっては――日常なのかもしれなかった。
葛の身体を乱暴に開いてゆく葵からは、酒と紫煙の残滓が漂っていた。
まだ陽は高いというのにこの相棒の体たらくはどうしたことか――――
常の葛であれば、即座にこの手を振り払い胸倉を掴んででも冷水を浴びせてでも彼を叱責したに違いない。

―――何度か、こういう葵を、見たことがあった。
葵はアルコオルはそこそこやるが、喫煙に関しては嗜みの範疇に入っていない。
ただ、嗜みはしないが、経験はあった。
若い男ならば――しかも海外経験のある者なら尚のこと――誰もが一度は通る道である。
酒の類は葛も相伴するのでいくつかの銘柄が厨に備えてあった。
この葵の様子なら、屹度それらの殆どが消費されてしまっているだろう。

 



まだ昼になったばかりの時分に、葵は帰宅した。
葛は丁度その時野暮用で大馬路界隈に出向いていたので、帰宅した葵とはすれ違いになった。
流れる汗を拭き拭き写真館に戻ってきたときには、既にリビングには酩酊した葵がいた。
葛の知らないシャツとスラックスを身に着けた葵が、ソファに埋まったまま「よお」と酔いの回った目で笑った。
この状態ではまともな会話は望めないだろうと判断した葛は、無言で頷いただけでリビングを後にし、残りの仕事を片付けるべく暗室に向かった。
「葛ぁ」
背後から呂律の回らぬ葵の声が聞こえたが、呼ばれた当の葛は聞こえないふりをして暗室のドアノブに手を掛けた。
後ろ手でドアを閉め、葵の居る空間と己のそれを画ろうとした瞬間、強い力でドアが押し返された。
「葵」
葛は仕事の邪魔だ、という意を込めて強靭に葵の名を呼び、その存在を暗室から締め出そうとした。
今の葵の様子を見るに、これしきのささやかな恫喝ではまったく意味がないことは明白だったが、酔っ払い相手に律儀に目くじらを立てても費用対効果の面で釣り合わない。
「葵」
「なんだよおまえ、」
葛の二度目の拒絶の上に、葵が横隔膜を痙攣させながら言葉を被せた。
「任務から帰ってきた…、相棒に…、労いの一言も…っ、無いのかよ…?」
どん、と肩を押され、暗室の中に閉じ込められた。
ばたん、と大きな音をたててドアを閉めた葵の顔を、赤い光が妖しく照らす。
赤と黒の、強いコントラストに象られた奇妙な世界に、ふたりは差し向かう。
「葵…、おれはこれから残りの仕事を…」
するから邪魔をしないでくれないか?と、葛は大きな溜息をつきながらそう続けようとした。
その瞬間、襟を掴まれ強く引き寄せられ、名前を呼ばれた。
作業用の前掛けの肩紐の右が、するりと衝撃で滑り落ちた。
「………っ、」
唐突すぎる葵の行動に、葛は肩紐を直しながら抵抗した。
口腔一杯にブランデーの味が広がり、葛は柳眉を顰めて葵の腕を振りほどこうと身じろいだ。
「あお、」
こいつはこんなに酒癖が悪かったか?――葛は縋ってくる葵をなんとか引き剥がし、記憶の糸を辿ったが、その先にはこんな風に悪酔いをした葵の姿はなかった。
『い』の音を葛の唇が象る前に、またも葵が強引にそれを塞いだ。
「…んん…!」
抵抗の声が、喉の奥でこむら返りをうつ。
いい加減にしろ、と葛は葵の肩を軽く数回拳で叩いてこの悪ふざけを終わらせるよう促したが、果たしてふたりの間には確固たる温度差があった。
葵はそんな葛の両手首を強く抑えると、邪魔だと言わんばかりに作業台の脇の壁に勢いよく押し付けた。
その痛みに葛は息を呑む。
葵の状態が尋常ではないことに、今更気付いた自分を恨めしく思った。
「おれが、出て行くときと違う服を着ていても…、何も、思わない、の…かよ…ッ」
赤い光の中で間近に見る葵の顔が、一瞬泣いているかのように見えて、葛ははっとした。
それに気を取られ、葵への抵抗に割く脳の命令系統の動きが鈍る。
葵は、その隙を見逃さず、力任せに葛の身体を引き倒し、床に張付けた。
「葵…っ!」
したたかに後頭部を打ち、葛は苦悶の声を上げ、自分を支配しようとする男を睥睨した。
しかし葵は怯むことなく葛の喉元に噛み付いた。

 



―――今回の任務は、桜井機関単独で行うものではなかった。
今後の点数稼ぎの為に、と機関長の桜井少佐はあの胡散臭い笑みを浮かべ、念動力の持ち主である葵のみを選抜した。
普段は雪菜と棗の後方支援を受け、葛とともに前線要員として動く葵にとって、この任務は初めての経験であった。
その内容は、あくまで『支援』―――しかもこちらの雇い主である陸軍とは仲が良くない筈の、海軍某機関との連携―――というもので、葵が特務機関員たる所以であるその『特殊能力』も、発動時には絶対に気取られてはならないことが至上命令であった。
本土の情勢が右傾化してきたことや、不穏な影がちらつく大陸事情などが相俟って、陸と言わず海と言わずそのへんは情報収集だの何だのと、色々躍起になっているに違いない―――
葵は大人の事情については深く考えることを止め、桜井から渡された資料や暗号、メモや地図を机上に並べ、
ひたすらその内容を白紙に書き取り、完全に頭に入るまでその行為を繰り返した。
これから関わる全ての人物の名前――偽名かどうかはあえて関知しない――と、機関のコードネーム、
上位下位の人間関係、上海の暗黒街の顔役、その靡下勢力の員数―――
葵はその出来の良い頭脳に、これらの情報を紙に記した映像ごと一枚一枚刷り込んでゆく。
全ての行程を終え、ジャケットのポケットを弄り、手首を器用に返してバンジョーを勢いよく点けた。
証拠隠滅には必須なので、普段からライターの類は携帯している。
それまでの下準備に使った紙束に火を移し、大きめの灰皿の上にぽんと落とした。
その炎を明るい色の瞳に映しながら、葵は今回の任務の勝手違いを思い心なしか肩を落とした。
何しろ特殊能力を持つのは自分だけで、しかも『支援』要員なのだ。
それに、いつも自分の後ろになり前になり支えてくれる葛がいない―――
(は、おれは何を)
そこまでの思いに到り、葵は自嘲の笑みを漏らしながら固い前髪を掻き毟った。
視界に入った腕時計の針が時を刻む音が、やけに大きく聞こえた。

 



華街の里弄を、無茶苦茶に走った。
どこをどう走って今ここに居るのかさえ、葵は把握していなかった。
とにかくこの状況を何とかしなければ、帰るに帰れない。
葵は息を切らしながら血に濡れたジャケットを脱ぎ、汗で撚れたネクタイ諸共近くにあった芥箱に打ち捨てた。
しかしシャツとスラックスにも、誤魔化すことの出来ないほどの血糊がついている。
はあはあと息を切らし、裏通りに身を潜めながら葵は彼方にある冷静さを手繰り寄せ思考した。
幸いここは南市の旧城内だ。
北西方向に少し行けば、そこは仏蘭西租界であり、厄介な工部局の手も及ばない。
共同租界よりも仏蘭西租界は実利主義で、税収を上げるために後ろ暗い組織にも門戸を開き、阿片窟や売春宿が堂々と軒を連ねている。
自然その境界地帯は、あらゆる犯罪の温床となっていた。
個人主義がお国柄の仏蘭西人は、使用電圧まで共同租界の220ボルトと差別化をはかり110ボルトにした。
当時の上海では二種類の家電が必要だったのである。
ここまでの拘りを持つ仏蘭西租界には、阿片取引により裏社会で大きな力を持つことになった青幇の大ボス・杜月笙の邸宅がある。
更にその近くには、杜月笙が上海でのし上がる切欠を作った大物・黄金栄邸も建っていた。
屹度辺りは組織の末端を構成する柄の良くない者たちも多いに違いない。
裏通りで血が流れるなど日常茶飯事であろうから、そういった便宜を図る場所もあるはずだ。
上海で生きていくためには、知らないふり、見ないふりをすることが一等利口だということは、力を持たぬ庶民の間では暗黙の了解となっていた。
そういう事情を理解した店で、三つ揃えでも支那服でもいい、何とか新しい服を都合できれば―――
風呂にも入りたいが、この際それは贅沢だと葵は思い直す。
とにかく、まずは身繕いをする。
気が重く面倒極まりない報告は、その後だ。
葵は桜井少佐の苦い顔を思い浮かべ、眦に皺を寄せた。
地面を見つめ、一歩を踏み出したとき、石ころを蹴飛ばした。
てん、てん、と小さな音を立て弾み転がってゆく様を、何とはなしに視界に入れた先に、見覚えのある黒い人影が立っていた。
「……!」
アンタは、と葵が口にする前に、その黒スーツの男――壱師――は、こちらに来いと言わんばかりに顎で裏通りを示した。

 



震える手で、グラスにブランデーを乱暴に注ぐ。
グラスの縁のラインに沿って飛び跳ねた琥珀色の飛沫が、テーブルを濡らした。
そんなことはお構いなしに、葵は胸ポケットの中で半ば潰れかかっているバットのケースを握り締めるように取り出し、そのうちの1本に火を点けた。
それを落ち着きなく吹かし、吸い込んだ煙をまた体外へ追いやる。
右手の人差し指と中指で煙草を挟み、残りの指で掴んだグラスを口へ運ぶ。
中身をいっきに飲み干し、力任せに空のグラスをテーブルの上に戻すと、灰皿代わりの皿にまだ吸う余地のある煙草を押し付けた。
葵は再びバットを1本引き抜くと、火を点け大きく煙を吸い込みながら、ソファに埋もれた。
ふう、と音を立てて長く吐き出された紫煙が、リビングの天井へ昇ってゆく様を眺めながら、事の顛末に思いを馳せる。
閉じた瞼の裏で、桜井少佐はしかめ面をするどころか、またあの胡散臭い顔で笑った。
知らず葵の眉間には深い皺が刻まれた。
―――葛が居なくてよかった。
こんな自分を見られずに済んだ、そう安堵する傍らで、今すぐにでも彼に触れたいと思う。
矛盾だらけ、僻事だらけ。
自分自身も、帝國陸海軍も、中国もみな―――
バットのパッケージが視界の端に映り、この国では蝙蝠が吉祥のシンボルだということを思い出した。
日本では忌み嫌われる存在が、ここでは幸運の証―――
道理でだ。
道理で滅茶苦茶が、非道理が通るはずだ。
葵は上体を起こし灰を皿の上に落とすと、昂ぶった精神を静めるように右手の親指で額を掻いた。
「葛…」
葵はそう呟くと、またソファに埋もれ思考の淵に己を沈めた。

それは一瞬の出来事だった。
葵が能力を発動させる隙も無いほどの、ほんの数秒の間に悲劇――と、この世界で生きる人間たちは認識するかどうかは定かではない――は起こり、そして終わった。
 



上海の名だたる観光地――豫園界隈――所謂豫園商城の茶館に、葵は居た。
いつもははね放題の明るい髪をきちんと撫でつけ、背広もよくあるタイプのものを選んだ。
これでボルサリイノでもかぶれば、普段の葵を知っている人間でもすぐには気付かないだろう。
ふと窓の外に目を遣ると、清朝末期から続く商店が路地の両側に所狭しと立ち並ぶその十字路の中点で、西洋鏡が演っており野次馬を集めていた。
流暢な口上が流石なのか、それとも上海人が好奇心旺盛なのか、順番待ちで黒山の人だかりである。
豫園界隈のランドマークといっても過言ではない、明代建築の湖心亭の特徴ある屋根が、ここが江南地方であることを物語っている。
ただでさえ人が多いのに、その袂に架かる橋――九曲橋――は、真っ直ぐに飛んでくる邪気を近寄らせないという縁起のために複雑に曲がっており、人々の足を止めていた。

(銀座や浅草じゃ比べ物にもならないな)
兎角大陸はどこへ行っても人いきれで溢れかえっている。
葵は階下の混雑から視線を引き剥がし、目の前に背中を向けて座る男に据える。
灰色の長袍を身にまとったその男は、葵より少し上くらいであろうか――海軍某機関の機関員で、彼が此の度拝した任務は潜入捜査――つまり二重スパイであった。
葵は、男の顔とその辺の大まかな事情しか知らない。
それとは逆に、今回の下準備における裏社会の情報に関しては、何かと豊富であった。
もともと犬猿の仲の帝國陸海軍であるから、余計な詮索はお互い無用ということなのだろうが、今回こういった巡り合わせとなったのは屹度、どこか上のほうで利害の一致があったのだろう。
ただ、何かと不便だったので、葵は勝手にその男を『山田某』と名づけた。
男も葵と同じであった。
こちらのことは、ただの『支援』要員とだけ伝わっているだろう。
もしも男が紆余曲折を経てこのような任務に着いたなら――もともとが生粋の軍人出であれば、陸軍所属のこちらのことをあまりよく思っていないかもしれない。
流暢な中国語に、市井の人間としか思えない振る舞い――もしそうならば、男はたいした役者であった。
葵はただ、この男につかず離れず、何かの時には能力を密かに発動し『支援』してやればよいだけであった。
しかも、日中のみでいいというのもいまいち緊張感がない。
だがそれも命令であるから、従うほかはない。
(大方阿片市場に少しの隙でもあれば割り込もうって寸法なんだろうが…)
阿片は金になる―――それは葵だけでなく、上海に生きる者、否、帝国主義の牽引者たる列強の間では周知の事実である。
資源に乏しく国土も狭い日本が欧米列強と渡り合ってゆくためには、息の長い資金源が必要だった。
今回の海軍機関の介入を見るに、ワシントン会議以来のネイバル・ホリデイもそうは続かぬということかもしれない。
先年のロンドン会議の一件は、統帥権干犯だのなんだのと政府と軍部が火花を散らす事態にまで発展した。
(スマートなだけじゃ、海軍さんもやっていけないってことか)
阿片により開かれ、阿片により搾取され、阿片によって成り立っている街、上海。
幕末のとある志士は、上海の惨状を目の当たりにし、日本は決してこの国の二の舞にせぬと心に誓い、東奔西走した。
(まさに、魔都だね)
葵は茶を啜り、ほのかに鼻腔をくすぐる茉莉花の匂いに目を細めた。
余計なことは、知らぬが仏―――こと情報の扱いに関しては特務機関もアカも同じであった。
重要なことは、お互い知らされず、ただ己の任務に忠実であればよい。
歯車は所詮歯車、全てを把握しているのは中枢のみでよい。
万が一敵に捕らえられ拷問による自白を強要された場合でも、知らないことは逆立ちしても話せない。
いかに機関員が鋼鉄の意志を持っていたとしても、どこかで綻びが生じた途端芋蔓式に組織は瓦解する。
蜥蜴の尻尾切りのように、尻尾――末端要員――が欠けても補充は利く。
葵はそこまでの思いに到り、これ以上考えるのが面倒になった。
何事もなく任務が終わればよい。
そうして写真館にいつものように戻る。
ふ、と仏頂面の相棒の顔が脳裏を掠め、頭の中がむず痒くなった葵は椅子に大きくもたれ息をひゅうと吐き出した。
頭上にぶら下がる六角形の燈篭の朱房が、微かに揺れたような気がした。

「我慢々来、真対不起…、因為車子多、不能走…!」
〈遅くなって本当にすみません、車が込んでて動けなかったのです〉
八宝飯が『山田某』の卓に運ばれてきた直後、鳥打帽を小脇に抱え汗を拭きながらひとりの男が現れた。



9/2 初出 9/3、9/4、9/7、9/15追記 
もうイベントの準備しなくちゃいけないことに気がつきました!;; なので先にこれ終わらすのは無理っぽいですスイマセン(汗)
ちょこちょこ地味に更新していきますので お暇なときにでも覗いてやってください;;
完結するまで上にあげておきます(←忘れ防止) かずらちゃんも同様…! ワーン!;;

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