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『閃光のナイトレイド』についてのあれこれをだらっと書いていきます。 まずは一番上の記事「どうもこんにちは」をお読みください。 勲葛がだいすきです!
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東北地方の夜は寒い。
五月といえど、江南に属する上海と違い、まだまだ厚手の上着が必要である。
遠くロシヤから吹く風は、満州里を抜け海拉爾を超え、斉斉哈爾を走り、此処哈爾浜までやって来る。 
この北の地で、上海の如き青い空が見れるのは、まだまだ先であった。

「うー、寒いな…」
葵はそう言いながらジャケットの襟を立て、前を足早に歩く葛を追った。

二人は、哈爾浜一の繁華街を南北に貫くキタイスカヤを歩いていた。
『キタイスカヤ』というのは、『中国人街』という意味のロシヤ語である。
語源は、遥か昔に栄華を極めた契丹族が転じて『キタイ』となり、北アジアの人々の中でやがてそれは中国全土を指す言葉となった。
上海の黄浦江の畔に威容を誇る、三角屋根が特徴の外灘20号――キャセイ・ホテルの名も、それが欧州風に訛ったものだった。

二人は、その通りのちょうど中ほどに位置する、モデルンホテルに今日の宿を取っていた。
少しばかり贅沢だが、ここに来るまでの列車の中で見た満鉄のパンフレットに惹かれて、たまにはいいだろう、こちとら毎度毎度身体を張っているんだ――と、駄目もとで経費に計上することにした。
勿論、それは贅沢に免疫のある葵の提案だった。
葛は予想通り葵を窘めにかかったが、そこは葵も退かなかった。
哈爾浜に着くまでの数時間、コンパートメントの中で差し向かい、眼前の厳格な相方と対峙した。

「ここのカフェが最高なんだってよ」
「この建物、洒落てるよなあ」
「おまえとこんなとこ泊まりたいなあ」
「なあなあ葛ぁ、聞いてる?おれの話?」
「かーずーらー! 葛ちゃん!お願い!!」

葵の粘り強い説得に、いい加減面倒くさくなった葛は、適当なところで折れてやった。
仕方なく諾と頷いてやると、葵はぱっと目を輝かせ、両手を大きく広げて可愛い相方を抱きしめようとした。

「葛ぁ、愛して…」
「黙れ」

葛は苦い顔で素早く座席をずらし、葵をかわした。
ふたりきりのコンパートメントの中に、ゴン、と鈍い音が響いた。
空を掴んだ両手虚しく、葵が顔面を葛の熱が残る座席の背凭れにぶつけたのだった。

すぐ傍を流れる松花江を背にして、まるで夜の闇を吸い尽くすかのような明かりの中を南下する。
先達て夕食も済ませ、腹も膨れているので足取りは軽い。
折角のロシヤ料理を前に、ウォッカの一杯も飲みたかったが、如何せん任務気分が抜けない相方が応諾するはずもなく、葵は仕方なくその場は諦め、店を出るときにそれを一瓶求めたのだった。
その瓶を通りの明かりに透かして、碧がかった硝子の先に葛を映す。
キタイスカヤの絢爛な光の群れは、瓶の中で滲み、液体の隙間にたゆたう。
とぷん、と密かな音を立て、透明なその液体は碧の瓶の中で静かに弾けた。
そこに映した葛の姿が、一瞬歪み、水滴ひとつにとつに吸い込まれ、そしてまたもとに戻った。
葛の佇まいは、いつも美しい。

葵がそんなことを思いながら、視線の高さからウォッカの瓶を下ろすと、右手に万国洋行のコの字型の建物が見えた。
塔の額には1922という数字が並んでいる。
葵は、「ハッピーバースデー、テンスアニバーサリー!」と、酔っ払いのように、ウォッカの瓶を高く掲げた。

「貴様、何をしている」
「あ」
葵が振り向くと、すぐ後ろに葛が眉間に皺を寄せて立っていた。
「…恥ずかしいことをするな。目立つな。ふらふらするな」
低い声で、葛は葵にだけ聞こえるように呟く。
「いや、ほら、あそこに1922年って…」
「寒い」
「え?」
葵は珍しく要領を得ない葛の言葉に、一瞬戸惑った。
「寒いから早く宿に着きたい」
「葛…」

葵がそう言って葛の顔を覗き込むと、心なしか双眸に湛えた光が、いつもより緩み、潤んで見えた。
ここの明かりのせいなのかもしれないが、頬にさす赤みも普段より深い。
もしやと葵がその推理の結果を口にしようとしたとき、葛がくすんと鼻を鳴らした。

「先に行く」
「あ、おい、待てよ」
さっと踵を返した葛に遅れを取るまいと、葵は慌ててウォッカ瓶を小脇に抱え、花崗岩の地面を蹴った。
葛にしては珍しくポケットに両手を突っ込み、絵葉書で有名な松浦洋行の建物に見向きもせず、宿に向かって歩く。
気の多い葵は、哈爾浜の代名詞であるその建物の前で一瞬立ち止まったが、すぐに葛の後を追った。



モデルンホテルのロビーは、柔らかいオレンジ色の光につつまれ、それが格式ある調度品を照らしていた。
1906年開業のこのホテルは、巷間よく見られるユダヤ系資本であり、天井が高く、高級木を多用した重厚な造りが賞賛を集めている。
フロントに立った葵から離れた葛が、上階へと続く階段の手摺の傍でけほん、と小さく咳をした。
チェックイン作業を待つ間、葵は横目でそれを見る。
次の瞬間、フロントマンがキーを差し出してきたので、軽く礼を言い、葵はそれを受け取った。
「葛、お待たせ」
「ん」
チャリ、と音を立て、葵は部屋のキーを葛に振って見せた。
「キーは…ひとつなのか?」
「ん、ああ。居間を挟んで左右に個室がついてるタイプの部屋だからな。入り口はひとつ、ってやつ」
葵がどこか後ろめたさを秘めた声音で答える。
しかし、今の葛はそんな瑣末なことに気付ける状態ではない。
「ふむ」
マフラーを外しながら気のない相槌をうった葛は、またひとつ咳をし、小さく鼻を啜った。
「おまえ、風邪、ひいたの?」
葵は先ほど口に出すのを忘れていた問いかけを、螺旋階段の上に敷かれた高価そうな絨毯に、微かに自分の靴が沈み込むのを見ながら葛に投げかけた。
小脇に抱えたウォッカの瓶が、外気の冷えをいまだ保ち、服越しにその冷たさを微かに伝える。
「こんなもの、一晩寝ればすぐ治る」
どこからそのような自信が湧いて出るのか、葛にはちょっとした健康における自負のようなものがあった。
葛の過去がどんなものであったかは、葵には預かり知らぬ所であったが、彼が日頃ふとした瞬間に見せる折り目正しさを思うと、きっと規則正しい生活を是とするような環境で育ったのであろうことは、想像に難くなかった。
「薬とか持ってるのか?なんならうどん屋でも行くか?哈爾浜にだって探せば…」
自分たちに宛がわれた部屋の前に立ち、ガチャガチャとキーを鍵穴に挿し回しながら、葵は熱のせいでだいぶぼんやりした相方の、『らしくない』顔を、わざと悪戯っぽく覗き込んでやった。
(葛のこんな顔、初めて見たな)
葛はそんな葵の胸中を知ってか知らずか、思い出したように眉間に皺を寄せ、「いらん」とその提案を一蹴した。
だいたい先ほど夕食を腹いっぱい食べたのに、この上うどんなど入るわけがない。
だが、葵の言い分にも一理あった。
『風邪をひいたときは熱いうどんをかきこんで、すぐに薬を飲んで寝れば治る』というのが明治以来の慣習であったので、実際、うどん屋でも薬を求めることができた。

ガチャリ。
ドアが開き、葵は入り口の傍にある電気のスイッチを手探りで探した。
カチリという音がして、室内の薄暗い照明が点燈した。
「…な…!?」
葵の肩越しに室内を覗いた葛は、熱のせいで掠れた声で驚愕した。
葛が度を失うのも無理はなかった。
何故なら、広い室内には、まるでアラビアンナイトの世界のような豪奢な天蓋を具したダブルベットが鎮座していたからであった。

「…葵、貴様…、どういうことだ?」
だいぶ鼻声になってきた葛が、不機嫌さもあらわに現状の是非を問い質す。
「あっれ~…おっかしいな?」
両手を頭の後ろで組み、今にも口笛を吹き出しそうな風情で嘯く葵に、葛の神経は更に逆撫でられた。
「葵」
またも鼻をぐすんと鳴らし、眦を尖らせた葛が、彼の持ちうる最低音域で唸った。
いつもの葛ならいざ知らず、風邪っぴきのこの状態では――葵に取ってはこの何とも言えぬennuiな風情が可愛らしくすら思える――圧迫感も普段の三割、いや五割引きに感じられた。
チャリンチャリンと音を立て、落ち着きなく指でキーを弄る葵に、葛は最終通牒を突きつけた。
「もういい。おれは他の宿を取る。おまえ一人でここに泊まれ」
「おい、待てってば!」
何の迷いもなくドアから出て行こうとした葛の行く手に素早く回りこみ、葵は慌てて葛をドアの中に押し戻す。
力は、使わなかった。
「離せ」
「わかったわかった、おれが悪かったって!おれだってさっきフロントで知ったんだぜ?向こうのミスでこのスイートしか入れなくなっちまって、割引にしますからここはどうか…って謝られたら許すしかないだろ?おれは人が好いからつい『ダー、ダー』って言っちまったんだよ!」
「渡りに船」
「は?」
「そう思って、快諾しただろう」
「な…っ」
「冗談じゃないぞ、おれは行く…」
「だーっ!待てって葛!おまえ風邪引いてんだろ?そんなの相棒として放っておけるわけないだろ!おれがソファで寝るよ、な?葛?それでいいだろ?な?ここに居ろよ、な?」
ただでさえ意識に霞がかかった状態で、自分でさえもそれが鬱陶しいのに、今度は葵までもが捨てられた子犬のような目をして縋り付いてくる。
葛はもう色々と面倒になってきて、ため息混じりに、自分の袖を引っ張る葵を一瞥した。
その葛の顔色の変化を敏感に感じ取った葵は、ダメ押しの哀願でいっきに勝負を片付けようとする。
こういうところが、この男は至極敏感に、そして聡くできている。

「な?葛?」
葛は、葵のこれに弱い。
自他共に認める人懐っこさを前面に押し出しながら、少し眉尻を下げて困ったような表情を造り、首を傾げ、微笑む。
葛が動きを止めているのをいいことに、葵はドアに両手をつき、葛を自分の腕の間に閉じ込めた。
だんだん気だるさが増してきた、ここはひとつ妥協するのが得策か――後の貸しにもなりそうだ…などと、葛は近づいてくる葵の顔をぼうっと見つめながら、数々の打算を脳内の算盤で弾いた。
「いいだろ…? ね?」
まるで幼子を諭すように己の耳元で囁く葵に、もうこれ以上の問答は無用、と、葛は算盤の玉をぱちんと頭の中できれいに弾き揃えた。
「葛ぁ」
この呼び方も卑怯極まりない。
か、ず、ら、のあとに続く小さい余韻――葵の声で奏でられる「ぁ」の音の甘さは、尋常ではなかった。
滴り落ちそうなほどに甘えを含んだその声音は、反面動かぬ要求を何が何でも通すぞという意思の現れである気がする。
すぐ目の前で、甘い雰囲気を醸しながら己の顔を覗き込んでいる葵に、葛はまた先ほどと同じように、諾、と頷いてやった。
実際問題、さっさと寝て明日に備えたかったという事由が、葛が首を縦に振った一番大きな動機となったわけだが、葵は自分が受け入れられたと錯覚し、またもや目を輝かせると、両手を大きく広げた。

「葛ぁ、愛して…」
「いい加減にしろ」

今度こそ絶対に自分の腕に葛を抱きしめたいと思った葵だったが、残念至極、その両腕は虚しく空をきる。
「先に入る」
葛の声が、後方のバスルームから聞こえた。
(きったねえ、葛! こんなことで力使ったな!?)
そう葵が思ったときには、麗しのモデルンホテルのスイートに、ゴン、という鈍い音が響いた。
「…ってえ~!」
本日二度目の失態に、葵は額をさすりながら悪態をつく。
そんな葵に葛は冷たい。
「ドアが無事なら、それでいい」
バタム、とバスルームのドアが閉まり、シャワーの音が響き始めた。

「ったく、風邪引いてるくせに風呂なんか入りやがって…!」
綺麗好きにもほどがある。
しかし、石鹸の匂いのする葛も、途方もなく捨てがたい。
ここはひとつ、風呂は止めないでおこう――
にやりと笑いながら葵は思った。

(ああは言ったけど、おれはソファで寝る気なんて、更々ないからな)

キタイスカヤの光の中に、座しますホテルは当代一のモデルンホテル。
嗚呼、麗しきロマノフの香りよ―― いまは彼方に消えるとも、君の香りは僕の傍。

窓の外では、煌々と妖しく光るランタンが、いっそう濃くなった夜の帳を臙脂に染め上げていた。







つづく





初出:6/16 追記:6/17、18 完成:6/19 
意味不明でスミマセン(泣) 長くなりそうなのでいったんここで終わっときます。
別記事でいつか続編を書きたいと思っています、が…; 
このあとは にゃんにゃんしてもらうわよ…!(え)

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